SNSを覗くとどう森や牧場物語のような生活シミュレーションを親しんだ層が楽しんでいると思ってた本作。小太りで棒状(のブツに振り回されている)物語な人生を歩む中年男性がやってるのほぼ見てないことに一抹の不安があったのだがいざプレイしてみるとそれが杞憂であることを思い知らされる。
9月12日、ストーリーをクリア。
「神ゲー」。この言葉を書き残す場ではあまり好みではないのですが、クリアした今の気持ちを率直に言葉にするのなら一番わかりやすい。そう思い、タイトルにしました。
特筆すべきポイントは個人的に3つ
・何気ない生活でありながら飽きずそれでいて魅了される音と細部
・「掟を破る」ことでシナリオが進行する、ゲームの内と外の「正解」の妙味
・ゲームならではの演出を多分に盛り込んだストーリー
以上のポイントを、ゲーム内での一日と共に振り返りたい。
舞台は現代社会と隔絶された村、主人公はひょんなことからその村に迷い込み、一角にある土地で田畑を耕しながら過ごしていくことになる。
PVや前評判から因習村だとかどうとか言われているがとどのつまり、「田舎」である。
田舎には……あるだろう。唯一の娯楽があるだろう。
あるに決まっておるでしょう。なければ斯様に過ごすのだ。
朝は畑。昼に猟をし、夜は掟ときたもんだ。
何もないこの村に、ないということはないでしょう。
頼むぜ日本一さん。縁側でよ、退屈を生きるJKとよ、夫の強引な移住についてきた暇を持て余す若いパツキン嫁さんとよ、河川敷に棄てられたいかがわしい本で耳年増になった清楚生徒会長とよ、照り付ける日差しと明かりをつけてない居間の明暗如実なコントラストの中でよ、娯楽、楽しませてくれよな。
起床~10:30
何故かここに定住することになった際に娯楽のせの字も知らなさそうな女に借金を背負わされたので、起きてすぐ畑仕事を始める。
タイトルにもある通り、この庭での作業こそがこのゲームの核になる部分だ。

といっても農作はシンプルで耕して種を植えてひたすら水やり。品種によっては畑ではなく畝を用意したりしながら4日~10日前後にようやく収穫を迎える。
出来た野菜や花をそのまま出荷してもよし、醸造樽や釜を用いて加工品を作ってから出荷しても良し。
出荷した翌日にお金が振り込まれることになるので懐事情と相談しながら作物と向き合おう。
得たお金で新たな作物を買うことはもちろん、庭を拡充することもできる。
庭が広がることでそれによって世話する作物の量も増える。
クリアした私は現在全ての作物に水やりを終えるのが15時とかになっていて、もう娯楽がどうのとか言ってられない。この水やり作業を自動化できるスプリンクラーなる道具も、手にした素材から作成可能なのでそちらの準備も並行して進めるといいだろう。
クリア次点でこんな状態なので理想の庭を造るという目標まではまだまだ遠い。ストーリークリアをしたとしても、まだまだこの村に帰ってくることになりそうだ。
農作を終えた後は動物小屋に赴き、食料となる藁を用意して扉を開け庭に家畜たちを開放。今朝がた出来たミルクや卵、羊毛などを回収して彼らをよしよししてやるのが日課になる。
ここまで一切の娯楽はなく、あるのは太陽の下で汗を流す男一匹と言う有様。この量を一人でやっているその姿が中年男性だったら余りにも見るに堪えない。
午前中は大体この「庭」と向き合う時間になる。ここで最初に上げたポイントである何気ない生活の中の細やかなポイントがあまりにも詰まってる。
モーションと音の心地よさ。
家畜小屋の扉を開けるもの一つとっても木枠で出来た鳥小屋は「スコン」と軽い動きをし、牛や羊が出入りする扉は機械で開閉するのもありラッチングがきいた加減速を取り入れていたりと細かいところまで作っている。
鶏が牛に駆け寄りその背に乗るような一幕も垣間見ることができほっこりすること請け合い。暇があるのならこの家畜たちがどのような一日を送っているのか見てみたい。

生活音も素晴らしい。遠くの山から聞こえる鳥のさえずりや、如雨露を通る水の音、種を植える時の土砂が擦れる音……雨音は檻のような陰鬱とした閉塞感さえ纏っている。
大げさかもしれないが、繰り返す日々を彩るこういった生活音が心地よく聞こえるのはシミュレーションゲームにとって重要であるのと感じる。
ゲームを操作しながらライブカメラのようなものを画面右端においてプレイ出来たら最高だ。
それぐらいこの彼々津村は息づいているように感じる
加えてBGMも素晴らしい。
いや……。マジでいいんです。好きな音楽の方向性はあると思うんですけど、和笛っぽい音色だったりピアノの旋律だったりが好きな人はマジでぶっ刺さりだと思うんですよね……。特に秋の昼間は抜群で、ここ最近のゲーム音楽の中では一番いいかも……。少なくとも今現在の今年のゲームBGMでは一番です。
調べてみればニトロプラス作品のBGMを多く手掛けてるスタジオ出身の方が作曲してるらしくなるほどなあと痺れました。
気になる方は一度聞いてみてほしい……
ゲーム的な所感を言うと、水やりの水も都度汲まなければいけなかったり、序盤はスタミナがすぐ切れたり、村と庭を行ったり来たりすることが多いゲームデザインでファストトラベルができない……と探そうと思えば昨今のゲームとしては不便なところはある。
しかしながらそれを部分的に解消できる仕組みが用意されていたり、そもそも村を走り回るというゲームプレイ自体が先ほどの上げた環境音やBGMのおかげでそこまで苦ではなく、それ以上に心地よく感じるのだ。端的に換言すればかなりチルい。
単純で幾度も繰り返す作業に細やかな心遣いを感じる作りはそれだけでゲームとしての好感を持てる。
10:30~15:00
この時間帯は店にある唯一の店が開き始めるのでそこに向かう。
作物の種を買わなければならない。収穫すればまた種植えから始まるので結構買い込む必要がある。
こういう日数管理が上手い人は「次作物が実るのは3日後だから明日買いに行くとして今日は魚釣りをしよう」とかの段取りが立てられるのだろうが、私はとりあえず買い込んで畑の空いたスペースにどんどん種を植えるような管理もくそもないプレイをしている。
ほの暮らしの庭、お駄賃をもらう以外に瞬間的に金がもらえるシステムがないので今日の全ては手元にある金でやりくりしないといけない。
作物は早くても4日後なので今日買った種がお金になるのは4日後……明日の飯の金が、ない。
そうなれば店のすぐ横にある飯屋で一番安い定食を朝昼兼用で腹に詰め込んだ後、河原に向かい魚釣りに勤しむ。もちろん釣った魚は売ることができ、ものによっては高値で買い取ってくれる。
このゲームでの魚釣りは娯楽でも何でもなく、明日生きるための術でしかない。
エムブレムの拠点魚釣りとはわけが違うのだ。

店にも飯屋にも定休日があり、開店閉店時間もある。さらに言えば村人も時間や曜日で行動を変える。農作業や釣りでお金を稼ぐという分かりやすいゲームの指針がありつつ、ほの暮らしの庭のカラーであるこの彼々津村の営みをしっかり感じられるこの時間はかなり好き。上述にあるとおり『村へ向かう際は』ファストトラベルがないので目的地へ走って向かうことになる。このゲームは行動範囲はそんなに広くないけれど、時間の概念があり、To Doが明確に存在し、活動解放条件を設けたりすることで段階的に範囲を広げていく仕組みもある。魚釣りや狩り、後述する金鉱採掘等スポットがかなり方々に点在してることがファストトラベルことと相まってかえってこじんまりとしたこの村を走り回る仕組みに繋がっている。
朝から晩まで村で働き、飯を食い、村人と同じ時間を過ごす。そうやって一日を繰り返すことで、プレイヤーが少しずつ「村の一員」になっていくのだ。
こういうゲームをイクノディクタスみたいな管理上手な人に見てもらいながら一緒にゲームしたいよな。
イクノディクタスとゲームがしたいんだよーーー!!出来ることなら膝の間に入れてもらって抱き枕代わりにしてもらいたいんだよーーー!!。あ、いやでも家では実は結構ズボラなところがあるイクノディクタスがスト2のサガットステージにいる大仏みたいに寝ころんでくれてそれに弟僕君がもたられかかるというの………イッスーッね。
16:00~19:00
魚を釣った後は雑草から拵えた兵糧丸をかじりながら山へ向かい、狩猟、もしくは棄てられた金鉱山に向かい採掘を行う。
狩猟は弓や罠を用いるわけですが、この村ではコマコというタヌキみたいな引っ込み思案女の子に────こいつピアス開けとる!ギャルか?というかこの村ほとんど全員ピアス開けとる!ギャルの村だ。ギャル村すみません。田舎にはこれぐらいしか娯楽がないと聞いていたのですがもしかしたら娯楽なさ過ぎてアトリエかぐやになってる可能性あります。アネトモの可能性がでてきて俄然娯楽の気配出てきた。
しかし狩猟に関しては最悪『死』が待ってる、なぜならワンパン殺してくる熊とかモンストみたいに跳ねまわるイノシシがいるから。あったら殺し合い。
一気に娯楽から遠ざかったな。
採掘は鉄や金鉱石などを入手して錬成して素材とするわけですね。農具を強化できます。ここでもネズミやら蝙蝠やらがうろついるので気を抜いてると死ぬ。
と言う感じで素材回収である狩猟と採掘。弓で強敵である獲物をしとめ、肉や皮を得る狩猟と、無心で金鉱を掘り石材がどんどん貯まる素材集めが楽しい採掘。どちらも作業感が強めではあるんですけど狩猟は食料に、採掘は農具の強化の方面に必要になってくるので安定と快適さの為には押さえておきたい部分。
素材は欲しいから回収しなきゃなんですがいかんせんそういったことに現を抜かせるほどお金に余裕があるわけではないだよな~でもな~とずるずるきたのが私のほの暮らしの庭。
多分プレイヤーの数だけ、色々な苦悩と遊び方があるんだろうなと感じさせる。

18:00~22:00
飯を食う。飯屋で飯をだ。昼とは違い、村唯一の飯屋にはこの時間帯に村人が終結する。これは流石に娯楽だろと思うんだけど。この団らんが実にほほえましくてそんなことを言ってられない。私もカウンターに腰をかけてその団らんに加わる。こういうのはその場所で何をしたかではなく、その場所に居合わせることが大事なのだ。

さて回復したスタミナでもう一仕事、釣りである。
もうさ、釣り人なんだよ。俺は。釣ってよ、魚を釣ってよ。これを出荷箱に突っ込んで明日金貰うんだよ。
そして23時には床に入り就寝。これが彼々津村での一日だ。
00:00
娯楽つったら夜だろ。娯楽ばい!
なんかこの村11時以降外出たらあかんとか言いますけどそれあれでしょ?大人だけで娯楽独占しよう的なやつでしょうが。ずるい!!それ僕のおぉぉ!!
って化け物ばっかじゃないか。戸を叩いても全員無視するしよ。んだよこの田舎。勾玉とタニシ拾う為だけに夜中走り回ってるんじゃないぞいい加減にしろよ。

最序盤は走り回れる割には思ったよりも出来ることが少なく、ただただ蔓延る魑魅魍魎の類から逃げるだけという何とも要領を得ない時間になってるがゲームを進めていくと拾える本から攻略法が分かったりし、彼らを退けることが可能になってくるのだ。
またこの時間帯に物語に重要なことが起こる。つまりはシナリオを進めるにはこの深夜徘徊を行わなければならない。ちなみにほの暮らしの庭には安心モードという「掟を破ることができない」モードがあり夜の散歩ができないのでシナリオは進展しない。
この物語は、「悪いこと」をしなければ物語は進まない。ここがゲームの内と外の「正解」の妙味になってくる。
この村の掟は、「大変なこと」が起きない為に存在している。村はその大変なことが起きない為に掟を守っているわけだが、私たちプレイヤーはそれを破る。

ここで面白いのはプレイヤーに「とっての」正しいこととは何かということだ。
村人の、彼々津村の立場からすれば夜に出歩かないことが正解。当然それを避けるべきである。しかしプレイヤーにとってそれは違う。外に出られる、「ゲームとして」夜に出られる。そして夜の村では物語は進む。
村の中では間違いである行動が、ゲームの外側では正解になっている。
これはゲームならではのズレだと思う。
そしてそのズレは「あんしんモード」の存在でより分かりやすくなっている。つまりこのゲームでは「安全に遊ぶこと」と「物語を進めること」は両立しない。
「掟を守れ」と注意し、直接話しかけてくる村の住人たち。その一方で「掟を守る必要はない」と言葉なく、ただそういう在り方で誘惑してくるゲームシステム。
ゲーム内の倫理、ゲームを攻略する論理の間でプレイヤーは揺れることになる。
掟を守れば、この生活を続けられる。しかし掟を破れば──。
その結果、実際に何かが起きてしまった時、私は思った。
「これは正しい選択だったのだろうか」と。
何度も言っているが、ほの暮らしの庭は決して自由度の高いゲームではない。
豊富なサイドストーリーがあるわけでもない。ストーリーと呼べるものはほとんど一本道のストーリーのみだ。
それでもゲームを進めていると「掟を守ってさえいれば」というのを想像してしまう。
『ほの暮らしの庭』のシナリオは、事が起きてしまってからはもう戻れない、もう一つの物語までプレイヤーに想像させるのだ。
そうしたこの物語をさらに盛り上げる演出としてゲームならではの演出を多分に盛り込んだストーリーがあるのだがここは実際にプレイして楽しんでもらいたい。
この演出自体は大掛かりなものではないものの挟まれるタイミングが素晴らしすぎて息を息を吞んだ。

朝起きて、畑を耕す。
昼になれば村へ行き、店を回り、魚を釣る。
日が暮れる前に山へ入り、夜には村人と共に飯を食う。
そして寝静まった深夜に、掟を破って村を歩く。
振り返ってみれば、このゲームでやっていたことはとどのつまり、生活シミュレーションらしい「村で暮らす」ということに終始している。
その生活シミュレーションの部分がゲームの完成度として高くオススメできる。その上にこのシナリオのゲームらしさが素晴らしいのだ。
是非ともプレイしていただきたい。
ごめん。しばらく彼々津村には行けません。今、僕はダグシオンにいます。













