- 以下は配信「リカルド」が2018年8月10日に行った登山配信を文字起こしし、映像から認識できる情報を捕捉した記録である。
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- これは20■■年8月10日関西ローカル番組で深夜に放送された「恐怖!深夜の怪談レイトショー」にて諦従院門音(ていじゅういん もね)によって披露された怪談の録音テープである。
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- 【この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。】

以下は配信「リカルド」が2018年8月10日に行った登山配信を文字起こしし、映像から認識できる情報を捕捉した記録である。
【この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。】
「こんにちはー。うるさいね蝉、うるさい」
カメラは青空へ向けられゆっくりと山並みを映し出す。遠くには■■連峰が確認でき、撮影場所がおおよそ岐阜県■■付近であることが分かる。
暑は夏いね
こんにちはー
配信開始時の視聴者は3名。コメントは緩やかであり、リカルドはそれらに逐一返答しながら登山道を歩いていく。
「今日も山登りますよ。見えるか……あれ。確か日本で3番目か4番目ぐらいにデカい山。今日登る山はあれじゃないけど。いつかチャレンジしてみたいなー」
今から■■登れ
「いや無理でしょー」
笑いながら登山道の周囲の木々を映し、撮影を続ける。普遍的な登山配信が続き、リカルド氏の蝉への言及は開始20分を過ぎた頃には10数回を超えていた。
蝉は風情だろ
ミンミンゼミ凄いね。こっちクマゼミだわ
熊気を付けてね
少人数ならではの内々とした和やかな雰囲気が続く。
「いや夏の山いいですよ、暑いし虫多いけど。でもそれ山に限らず街でもそうじゃん。だったら自然の中でリフレッシュするのが好きかな僕は。買い物とかもいいけどねー。海?海ねー、僕泳げないんだよな。それに日本海とか暗くて怖いイメージあるんだよね。だから山派だね、完全に」
配信開始から52分23秒。
映像にブロックノイズが覆うがすぐに元へ戻る。
蝉の声はやまない。
「ごめん、なんか配信乱れたっぽい?今は大丈夫?」
止まった
一瞬だけ乱れたね
故障か?
「大丈夫そうだね。電波的な問題かな、山だし。てかさー、なんか水の音聞こえるんだけどもしかして川近くあるかもね」
マジ?
聞こえないけど
防水のカメラの見せ所か?
映像では川の音は確認できない。
リカルド氏が登山コースを逸れはじめる。この時点で視聴者数が7人となるが、序盤から見ていた3名以外のコメントは確認できない。
大丈夫?
戻ったほうがいいだろ
登山コース外れてないか
「登山道逸れるけど……直線にしか進んでないし」
カメラが振り返り、登山コースを示す赤い紐が見える。
「振り返えってあれが見えるぐらいのところまでしか行かないから迷うのはないから」
その言葉を繰り返しながらもリカルド氏は斜面を下る。
配信時間が1時間15分12秒に差し掛かり、ようやく配信にも川の音が聞こえ始め、それと同じくして途切れ始めた木々の隙間から、透明度の高い川が姿を現す。
「ほらほら!川!やっぱりあった。子供が遊んどるね。みんな同じ服着とる。なんか神社とかの服っぽいやつだよね」
リカルド探検隊が川を発見した
白装束的な服じゃない?
お祭りかなんかかな?
4人の子どもが笑う声が配信にも届く。濡れるのも構わず水浴びを行っているようで、リカルド氏は3分ほどその様子を撮影していた。
川の流れは緩やかであり、子供たちが遊ぶにはもってこい。リカルド氏が降りた場所は河食が起きた1メートル弱の崖になっていて、川辺には座れるぐらいの砂利が堆積している。
しかし、リカルド氏が登山に選んだと推測される■■山には映像で確認できる川は存在しないことが分かっている。
「にいちゃん何してるの?」
「うわ」
リカルド氏が慌てて右横にカメラを向けると長い髪を一つに結んだ快活そうな女児が話しかけていた。
「いや盗撮とかじゃないよ。ただちょっと川があって綺麗だから撮影してただけで」
リカルド焦りすぎww
おにゃのこだ
可愛いね
リカルド氏は子供たちを隠れて撮影していたことをとがめられるのを恐れて必死に弁明したが、その女児はリカルド氏が言っていることや現在撮影していることもあまり理解できていないようだった。
「よかったらね、にいちゃんに見ていってもらいたいものがあるんだけど、お願いしていい?」
女児がリカルド氏に対して伺う。上目遣いで首をかしげるその動作は幼い庇護欲を掻き立てる。その笑顔は誰が見ても敵意を持たせない純然な美しさを感じさせる。
「ええと、うん。ちょっとだけなら」
リカルド氏は少し気圧されるような様子でそれを受け入れた。するとその女児は「やった」と喜んだあと、水浴びをしている子供たちに声をかける。
なにするの
神回確定
おまわりさんこいつです
というか川めっちゃ綺麗だな
「なんだろうね。何見たらいいんだろ。『川きれい』、確かにね、凄いよ。水めっちゃ透明。地元の子しか知らない名所みたいな感じかなここ」
登山はどうしたww
正直登山よりもこっちのが見たい
帰りどうすんの?濡れたまま?
「今日は暑いから絞れば乾くよ服は。あの子たちに山の降り方聞いたらいいかな。うん、登山配信はまた後日にしてもいいかもね。夏はまだ始まったばかりだから」
「にいちゃーーん!!」
子どもたちが手を振るのを見た後、リカルド氏はゆっくりと子供たちに近づく。
「えっと僕は何したらいいの」
リカルド氏が大きな声で返事をする。
「ホダカミソギ見てほしいの!」
「ホダカミソギ?」
子どもたちは「ホダカミソギを見てほしい」と次々にリカルド氏に伝える。
その光景は授業で問題に堪えるために我先にと手を挙げる生徒のような主体性と勢いを感じさせる。
「ホダカミソギ?って何?ごめん知らないわ」
ほだかみそぎって言った?
聞いたことないななんだそれ
人の名前っぽいな
鋼タイプと同じ発音
一人の子どもがバシャバシャと川の水を蹴り上げてリカルド氏に近づいてくる。
「ホダカミソギはね、■■の夏のお祭りだよ。この川で■■した子供たちで■■するんだー!!にいちゃんにはホダカミソギ見てもらいたいの!頑張ったんだよ!」
どうやら川に入るようだとリカルド氏は思い、靴を脱ぎ始めた。
川入るんだ
ここまできたなら入らないと損だね
冷たそー(クーラー効いた部屋から)
「うわあ川に入るのなんて何年ぶりだろ。上着も……一応着替え持ってきてるからいいか。歩いてたら乾くし」
そう独り言ち、リカルド氏は靴と靴下だけを脱いで川へと近づきました。
子どもたちは膝上程度を流れる川中でリカルド氏に向かって手を振ったり手招きをしている。
「ホダカミソギを見て」
「みて」
「ホダカミソギ」
「見てよ」
「ホダカミソギを見てください」
リカルド氏が右足を川へ踏み入れる。映像は大きく傾いた。
水中。
泡沫。
■■。
手足。
映像は激しく回転、揺れを繰り返す。
映像で水底を確認できるものの、その距離感は川幅に対して異常な深度となっている。
音声はゴボゴボとリカルド氏の呼気音と流水音、蝉の音が交互に聞こえ時に交ざり合うようになり、その他リカルド氏の呼吸とは一致しない長音が約5秒間にわたって記録されている。
映像が一度も途切れることなく、岸へと上がり荒い呼吸を繰り返すリカルド氏は上がった勢いのまま川の方を振り返る。
川中でリカルド氏に依然子供たちは笑顔を向けている。
川へ転落する直前の映像と比較しても、子供たちの立ち位置に変化はない。
リカルド氏は呼吸を整えようとする。
8秒。
13秒。
30秒。
蝉の音と徐々に落ち着かない呼吸音だけが聞こえ、画面は小刻みに震え始める。
子どもの一人が、口を開く。
リカルド氏は反転した。わき目もふらずに来た山道へと飛び込み、斜面を駆けあがった。
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
ありがとう
その時点で配信の視聴者は■■■■人を記録した。
その後、登山コースに戻ってこれたリカルド氏は絶え絶えの息のまま、「ごめん今日はこれでほんとうにごめんなさい」といいその日の配信を終了した。
リカルド氏は今でも配信を続けている。しかしこの配信を最後に外に出ての配信は行わないようになり家での配信に限定されている。さらに飲酒をしているのか酩酊したような情緒不安定な様が見受けられる。
■■
黄色いエアーポンプを踏むと管を通った空気がビニールプールへと送られていく。
しゅこしゅこ
しゅこしゅこ
規則正しい音が、蝉時雨に溶けていく。
踏み押す度に空気入れは上下に跳ねて、プールの輪はゆっくりと厚みを増し立ち上がってくる。頼りなかった青い縁が丸みを帯びて、夏の日差しを受けてつややかに光り始めた。
無論、この作業をしている俺がプールを望んでいるわけではないので、焦点の合わない目つきでその単純作業をこなしていた。
「にいちゃん、もう少しだよ!」
ホダカミソギはそう言いながら、俺に振り返り笑顔を向けた。四月ごろに生えてきたという八重歯がキラリと眩しい。
俺は返事の代わりに、エアーポンプを踏む速度を速めた。
しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ
「おお~にいちゃん速い!凄い、おっきくなってるのが分かるぐらい速い!」
ビニールプールの変化をホダカミソギは見逃すまいと目を輝かせている。
まるで花が咲く瞬間を見つけたような歓声に、少し誇らしい気持ちになった。
「あちい……」
ほとんど照れ隠しのような呟きを独り言ちた俺はラストスパートを決める。
額から滲んだ汗がシタラと顎から地へ落ちていく。
夏だ。
都会では熱波の牢獄のように感じられた日差しが、ココでは不思議と嫌ではなかった。
青い空。
湧きたつような入道雲。
咽るような青くさい草原の香り。
どこかの家前から聞こえてくる風鈴の音。
「よーし! おみずいれるぞー!!」
快活なホダカミソギの声。
ホダカミソギが握りしめたホースから飛び出した水が、出来上がったビニールプールの底を叩き、透明な水飛沫がきらきらと日差しを吸い込んでいる。
少しずつ水位が上がっていくのを小さな足で感じながら嬉しそうに笑う彼女を、俺は縁側に腰かけて見ていた。
水はようやく彼女の足の甲が浸かるぐらいまで溜まったところだ。
ホダカミソギはとても満足している様子だ、俺にとってはただそれだけのことに。
ホースを股で挟み込み、自由になった手で水をすくい、衣服の上から水を浴びる。
「にいちゃん見てみて!」
「何だよ」
「えい!」
彼女は小さな両手で作り上げた水鉄砲で、勢いよく水を飛ばしてきた。
「っぽわ!?」
素っ頓狂な声を上げた俺を指さして、悪戯な笑みを浮かべる彼女。彼女の片側結びは無邪気な彼女を体現するかのように愛らしく跳ねる。
「大人をからかうとこうだぞ!!そら!!」
俺はホダカミソギからホースを取り上げて口を絞り真上に高く掲げた。シャワー状になった水が光の粒になって彼女の頭上に降り注ぐ。
「きゃーーーーー!!あはははは!雨だ雨だ!!」
俺が作り出した雨の中で、ホダカミソギ満面の笑みでくるくると回っている。濡れた髪がが遠心力でふわりと弧を描き、結んだ髪が小さなな水滴を四方へと飛ばす。
なんて自由な光景なんだと俺は見惚れてしまっていた。雨に唄えばのジーンケリーのように。
「にいちゃん、こっちこっち!」
ホダカミソギはプールという狭い枠を飛び越えて俺を挑発する。挑発する、というより、それは雨に焦がれる小鳥のようであったが。
俺はホースを少し左右に振る。
ばらら
ばらら
地を打つ水の音が子気味よく耳に届く。
ホダカミソギはまた雨に濡れ、そして逃げる。俺がホースで追う。
逃げる。
追う
逃げる。
追う。
逃げる。
「あははッ!雨につかまるー!」
庭に笑い声が転がる。
蝉の鳴き声はその笑い声にさえ釣られているのではないか。そうと思うほど、ホダカミソギの声は俺にとっては夏のメインテーマのように感じられた。
勢いよく走っていたホダカミソギが、ふいに足を滑らせた。
「いたっ!」
「ミソ■──」
一瞬の静寂、そして痛いと言ったはずのホダカミソギが何故か不思議そうな顔をこちらに向ける。
視線が交わり、一拍置いて「っぷ」と噴き出した。
どっちが?それは本当に些細な問題だ。どっちでもいいのだ。なぜなら──
「にいちゃん!」
「なんだ」
「楽しいね!」
楽しい。そう、俺も。楽しいと思ったから。
首を縦に振る代わりに、ホースの向きを上からホダカミソギへと向け直した。虹を纏ったシャワーがホダカミソギを直撃する。それでもホダカミソギはずっと笑顔だ。
夏空の下で、最後にこんなに笑ったのはいつだった?
そんな何気ないことに、気がついたところで、縁側で鳴っている携帯電話に気がついた。ホダカミソギに断りを入れて俺は携帯を耳に宛がった。
「もしもし?1218番さん?プリコネです」
「聞こえてるよ。要件は?」
「……帰還の目途が着きました。恐らく一週間後の8月9日になるかと思います。詳細に言いますと8月10日の午前0時です」
「分かった。なんかあったらまた連絡くれ」
「……1218番さん、個人的にあなたは嫌いではないのでお伝えしておきますと、ここに残るっていう選択肢もあるにはありますよ。まあ記憶処理されてモブにされますが」
「いや、それはいいよ。俺には帰ってホダカミソギのすばらしさを世に伝える使命があるからな」
「っすか。分かりました。また連絡します」
携帯電話を閉じる。蝉の声が勢いを増している気がした。
「にいちゃーーん!プールできたよー!」
返事代わりに手を挙げ、縁側から重い腰を上げた。
誕生日、祝えないのか。
それだけが、心残りになりそうだった。
これは20■■年8月10日関西ローカル番組で深夜に放送された「恐怖!深夜の怪談レイトショー」にて諦従院門音(ていじゅういん もね)によって披露された怪談の録音テープである。
【この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。】
[音声再生]
俺が実際体験した話なんですけど、話す前に一個だけいい?最後に皆に聞きたいことがあるので、それを踏まえてこの話聞いてもらいたいんですよね。
あの、俺も業界でそれなりに怖い話を聞いたり実際に話したりしてるんだけど、中には「これ本当にヤバいな」ってやつがある。で、本当にヤバいものほど、見た目とか地味だったりするんだよ。先日教育番組に出演させてもらえる機会があって、そこで学者の■■先生と一緒になった。テレビに出てる専門家の人って本番中はすごい真面目なのに、休憩時間になると急に変な話してくる人が結構いる。で、その一緒に出演した学者の先生もそんな感じで、すり寄ってきて「諦従院さん、ちょっと不思議な体験してみないですか」って言ってきた。
その不思議な体験っていうのが、兵庫県の■■にある昔ながらの風習?に近い儀式で「ホダカミソギ」っていうのがあると。
「ホダカミソギって何なんですか」って聞いたら、先生が笑いながら「口にはしにくいんですよね。見てもらわないとな……、行ってくれるのなら道すがら説明しますから」ともったいぶる。ね、変な人でしょ。普通だったら断るじゃないですか。でも仕事にもなるし、怪談一個増えるかなって思っちゃった。で、行きますって。で行くことになった。
新神戸の駅で先生と合流して、そこからバスに乗る。先生とは結構趣味の話で意気投合しながら車内は穏やかに進んだんですよ。で、かなりもったいぶらされたから「先生、ホダカミソギって結局何なんですか。教えてくださいよ」って聞いた。そしたら「その地域では人の身体を■■として、つまり神様から与えられたものと考えてて、それを少しだけ神様に還すっていう風習、と言うか考え方」って笑いながら先生は教えてくれたんですよ。儀式の体裁さえ整えられていたら、村の子どもなんかは断髪だったり、爪切りをしたり、■■したりでもそれがホダカミソギになる。それぐらいその地域には根付いた考え方なんだって。
あ、なんだ、それなら全然危なくないんですね。ちょっとほっとしながら村の近くまで来てた。
そしたら、村の集会所のようなところから60代ぐらいのおじいちゃんが出てきて先生と俺に気がついて、手を振ってくる。
「先生、ちょうど出迎えようとしてたんや。お久しぶりやね」
「ああどうも。お世話になります。こちら諦従院さんです」
「こちらが。テレビ拝見してます」みたいな挨拶をして。俺はもう単刀直入に「今日は『ホダカミソギ』を見学しようと思ってお邪魔しました」って言ったんだよね。それなら待ってましたみたいにそのおじいさんがにっこり笑って
「ええ、ええ聞いておりますとも。どうぞ暑いですから、中入ってください」
それで集会所に入って二、三世間話してたら、ホダカミソギについてのルールいくつか教えてもらった。色々あったんです、口伝にしないといけない。とか、削いだ物は半紙に包むとか。ただホダカミソギを行うなら絶対だと言われたのは「行う本人がカンと言い続ける限りは止めてはいけない」ってやつで、続けることをカンと言うらしくて、それを言い続けている限りは周りの人間が止めることは許されてないらしい。
で、村では散髪屋がなくて1カ月おきぐらいに理容師の人に出張に来てもらうことになってた。それが今日ってことでこの集会所でやると。
これがまあ簡易的ではあるんだけどホダカミソギになってるからってことで、髪を切りたい村人が集まってる部屋に行ったら。
カン
カン
カン
カン
カン
カン
カン
まー異様な雰囲気。部屋一面に半紙がブワーっと引かれてて、10人ぐらいが髪切られてるんだけど、皆ずっとカンカンカンカン言ってる。あとはバリカンの音が聞こえてくるぐらい。
それならすぐ前にいた女の子がピタッとカンを言うのをやめた。すると理容師さんもピタッと手を止めて、鏡で後頭部見えるようにしてあげてる。
「ありがとう!」
その女の子が言うんだけど、どう見ても切りすぎてるんだよ。ただね、散髪の様子見てる感じはその髪切るのが下手とかじゃなくて、「止められなかったから切りました」って感じなのね。「あ、カンって言ってる間は本当に止まらないんだ」ってのがもうありありと現実として目の前で起こってた。
もう本当に今まで見たことない光景過ぎて薄気味悪いんですよ。すると、さっき髪の毛切り終わって後頭部刈り上げてる女の子が俺に向かって「おじさんもホダカミソギ?」って言ってきた。
やるわけないだろって思うじゃん。
「いやいや、俺は見学なんだ」って笑って返した。おじさんって歳でもないだろとか思いつつね。そしたら女の子もそうなんだーぐらいの感じで。で手洗い場のところまでてててーと歩いて行って「あーまただー」なんてぼやいてたんだよその女の子。だから俺何となく聞いてみたんだよ。「そんなに髪切ってよかったの」ってだったら「カンって言ってるから」って一言。いやいやデザインヘアとかのレベルじゃないのよ。だから俺もちょっと変に食い下がっちゃって「嫌じゃないの、その髪型で」ってデリカシーのないこと言っちゃったらその女の子
「気持ちよかったから」
何が?
そこでふと、鏡に映った背後の景色が視界に飛び込んできたんだけど
カン
カン
って言いながら髪切られてる村人、みんな笑ってんの。というか一番手前の人間なんてさ、■■■■■■。
■■■■■■■■で、■■■■かなーと思ったんだよね。ホダカミソギが■■■■■■■■ならこの先生きててもこれっきりだなと思ったから。
「すみません、俺もこれホダカミソギってできますか」ってダメもとで聞いたらそのおじちゃん満面の笑みで「もちろんですよ」って。
であれよあれよと座らされて普通に髪を切る感じになっていく。髪洗って、乾かして、バリカンで剃っていく。ヴーーーーンつって。その間俺は、
カン、カン、カン。つって唱えていく。で、5分ぐらいたった頃に気がつくんだよな。カンって言った時に布団に寝ころんでる感覚がして、凄い心地よくなった。で、ふわっと口の中にレモンのあの爽やかな酸味が広がって、どこからか木々の揺れる音が聞こえて田舎の縁側の景色が眼前にふっと浮かんで消える。
なんだ。と思いつつカンって言う。親に褒められたこと、肉が焼けるいい匂い。花畑。
カン
友達とゲームしている光景、コーラ、■すること。
カン
■■■■。友達と■■■■。
もうとにかくカンって言うたびに、口に、耳に、目の前に、脳内に美しい感覚が流れてくるんだよ。
もう耐えられなくて。カンって言うことが。
カン
カン
カン
カン
カン
カンカンカンカン
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
ぐちゅって音がしてハサミが頭に刺さってさあ、俺死んじゃったんだよね。
で、最初に「最後に皆に聞きたいことがある」っていったじゃなないですか。俺、後頭部ハサミで刺される前から■■■■されたり、■■■■されたんだけどさ。
俺今どうなってます?
〔音声終了〕
■
「帰還失敗。そう、ですか」
伊藤は分かっていた。あの男が五体満足で帰還できないことは。
「そう、1218番の肉体の転送は失敗。今は非番連中で散らばった仏さんの回収だ」
持田は煙草をふかしながら退屈そうに現場の惨状を伊藤に伝えた。
伊藤たちがいる機関は秘密が多い。
機関に所属している伊藤でも『門からやってきた人を監視する』という仕事しか教えてもらっていない。門が何かは分からない。
同僚内では、別の世界からやってきた人間なのではないか、というのが有力な線だった。
1218番。
自分を「プリコネ」と、変わった名前で呼ぶ変わった来訪者だった。
腹周りは丸く、背は中ぐらい、安い髭剃りで青くなった口ひげが特徴的な、どこにでもいるくたびれた中年だった。
こちらに滞在していた18日間、1218番はずっとホダカミソギという現地の少女の元で、ただスイカを食べたり、夏休みの宿題を促したり、縁側で寝たり、川で遊んだりしているだけだった。
「変な人だったな」
「1218番か?なんだ伊藤、あいつの事気に入ってたのかよ。数字で呼ばれる人間に碌な奴はいないぞ」
持田は煙草を灰皿へ押し付けた。この話はここでおしまいだった。
夕方。
伊藤はロッカー室で一人になったタイミングを見計らって、上の棚から小さな紙袋を取り出す。
「これが誕生日プレゼント?」
『プリコネが出来たらでいいからさ。これをあの子に渡してくれないか』
『……本当は俺が渡してやりたかったんだが』
1218番が帰還する前日、彼は伊藤にそう頼んでいた。
1218番のような来訪者が現地民に物品を贈ること。現地民へ私的な情報を伝えること。
そのどちらも、伊藤の所属する機関の規則では禁じられている。
伊藤は紙袋を見つめた。
あんな冴えない中年男性の骨ばった手で作られた作った物を、それを彼を忘れてしまった少女に渡して何が残るのだろう。
1218番はもういない。この世界にも、そして向こうの世界にも。もちろんホダカミソギの思い出の中にも。
少女は、今日も明日も、この先もずっと。あんな小汚い中年男性のとは全く接点のない輝かしい日々を過ごしていくのだ。
そしてそれは正しいことなんだ。
伊藤は、その正しさを疑わない。そしてその正しさは機関の正義でもあった。
俺は、何がしたいんだ。
伊藤は紙袋をゴミ箱へ放り込みロッカー室を後にした。
翌日。
「こんにちは」
伊藤は公園で虫取り網を肩に担いだホダカミソギに声をかけた。
「おっちゃん、だあれ?」
少女は純朴な顔つきで不思議そうに伊藤へ問いかけた。
おじ……。1218番さんにはにいちゃんだったのに。
伊藤は内心落ち込んで、さっさと用事を済ませるために懐から物を取り出した。
「君にプレゼント。俺からじゃなく、君を──ホダカミソギをいつも見ている人から」
「?」
ミソギはまたもや目を丸くし、伊藤が取り出したプレゼント包装を注視した。
1218番さん。プレゼントだって言ってたのにあんな小汚い紙袋はないでしょう。
伊藤は彼の細やかさのない雑な振る舞いを思い出し、少し笑った。
「嬉しいけど……。お父さんから『知らない人には気をつけなさい』って言われてるしなー。うーん」
少女は深く考え始めてしまった。コロコロと変わる表情や軽やかで溌剌としたボディランゲージ。ホダカミソギの魅力は、この短いやりとりだけでも伊藤には理解できてしまった。
「分かった分かった。じゃあこのプレゼントはあのベンチの上に置いておく。誰かの忘れ物だと思ってもらっていい。君は中を見てもいいし、見なくてもいい。君が気に入らなかったら、気に入る誰かが持って行ってくれる。それでどうだ」
ホダカミソギの返事を待たずして、伊藤はズカズカと公園入口前にある飲料メーカーのラベルがはがれかけたベンチに歩み寄り、それを置いた。
「じゃあ」と一言、ホダカミソギに声をかけて伊藤は公園を出た。
煙草を咥えて火を点ける。
バレたら顛末書ものだが、『あんな物』を手元に置いたままこの先過ごすよりは幾分かましと言うものだ。
吐いた煙が熟れた夏の隙間をくぐる様にしながら天へと上り、入道雲に重なる。
「おっちゃーーーーーん!!!」
背中側からまるで打ち上げ花火かのような喜びを感じる甲高い声が。
振り返ると左手に羊皮紙で出来た宝の地図。右手には二つの鍵を束ねたホルダーリングが握られており、両の手を頭上に掲げながらぴょんぴょんと跳ねていた。
1218番が、あの宝の地図が示す場所に何を隠したのか。そしてあの鍵はどこの扉を開けるための物なのか、それら全てはホダカミソギが見てくれるだろう。
「ありがとうーーーーーー!!!!!!」
彼女は笑顔で走り、公園の中へと消えていった。
約束は果たしましたよ1218番さん。
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